首里織|王府のためだけに織られた、格の織物

更新日: 2026-07-23

首里が「琉球王国の首都」だったということは、ここが最高級の工芸が集まる場所だったということでもあります。王や貴族が身につけるものは、すべて一級品でなければならない。その最たるものが、織物でした。

首里織とは

首里織(しゅりおり)は、首里で育まれた織物の総称です。約500年にわたる琉球王府時代、首里では貴族や士族といった高い身分の人々のための衣装として、格調高い織物が織られてきました。1983年には「首里織」の名称で、国(経済産業大臣)の伝統的工芸品に指定されています。

琉球王国は14〜15世紀ごろから中国や東南アジアと盛んに交易し、各地の染織技術を吸収しました。その技術が王府の保護のもとで洗練され、首里という一点に凝縮したのが首里織です。

多彩な技法——身分を織り分ける

首里織は一つの織り方を指すのではなく、いくつもの技法の集まりです。代表的なものに、花織(はなおり)、道屯織(どうとんおり)、花倉織(はなくらおり)、諸取切(むるどぅっちり)、手縞(てぃじま)、煮綛芭蕉(にーがしばさー)、花織手巾(てぃさーじ)などがあります。

面白いのは、織り方そのものが身分と結びついていたことです。なかでも花倉織と道屯織は、王家・貴族だけが用いることを許された織りで、首里以外では織られませんでした。誰が何を着られるかが、織りの種類で決まっていた——首里織は、王国の社会の仕組みそのものを映す鏡でもあったのです。

色は、植物から

素材は絹糸を中心に、綿糸や麻糸などの天然繊維が使われます。染料もまた自然のもので、**琉球藍(あい)、福木(ふくぎ)の黄、渋木(しぶき)、紅露(くーる)**といった植物染料が用いられました。首里のまちを歩くと今も福木の並木を見かけますが、あの木の樹皮が、王朝の衣装の黄色を生んでいたのです。

首里で首里織に触れる

首里織は、琉装体験で袖を通す華やかな紅型の衣装とはまた別の、「織り」の世界です。首里織と琉球紅型の両方に触れられる施設として、龍潭通り沿いの首里染織館 suikaraがあります。展示ギャラリーや工房、ショップを備え、王府に育まれた染めと織りを間近に見られます(開館時間・体験内容は公式情報をご確認ください)。

染めの文化に興味がわいたら、あわせて琉球紅型のものがたりもどうぞ。織りと染め、首里の二大染織を知ると、王朝の装いの奥行きがぐっと深まります。

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※本記事は公開情報にもとづきまとめたものです。体験・見学の可否や内容は各施設の公式情報をご確認ください(情報確認日:2026年7月23日)。

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