龍樋と瑞泉門|500年湧き続ける首里城の水

更新日: 2026-07-26

この読みものは聴くこともできます。

首里城の正殿へ向かう坂の途中、瑞泉門(ずいせんもん)の手前で、石の龍が口から水を吐き続けています。これが龍樋(りゅうひ)。首里城見学で多くの人が素通りしてしまう、しかし知れば足が止まる「水の名所」です。

龍樋とは ― 王宮の飲み水

龍樋は、首里城の城内に湧く泉です。湧き口に据えられた龍の石彫刻は、約500年前の1523年に中国から渡ってきたと伝えられるもの。王国時代、この水は国王一家の飲み水として使われていました。丘の上の城のなかで水が湧き続けるという地の利が、首里城をここに置いた理由のひとつでもあります(首里の湧き水の読みもの)。

冊封使の宿まで、毎日水を運んだ

龍樋の水のすごさを物語るのが、冊封使(さっぽうし)のエピソードです。中国皇帝の使者が琉球に滞在するあいだ、この水は那覇港近くの宿舎・天使館まで毎日運ばれたと伝えられます。首里の丘から港まで、片道数キロの道のりを毎日——それだけの価値がある名水だと認められていたわけです。

冊封使たちはこの水を讃えて碑文を残しました。「冊封七碑(さっぽうしちひ)」と呼ばれるその石碑群は沖縄戦で失われましたが、現在は龍樋のまわりに復元されて並んでいます。見学の際は、水だけでなく碑文にも目を向けてみてください。

「瑞泉」の名は門へ、そして酒へ

龍樋のかたわらに建つ瑞泉門の名は、「立派な、めでたい泉」の意。つまり門の名前そのものが、この泉への賛辞です。

そしてこの名は、城の外へも受け継がれました。首里城の東、崎山町の蔵元瑞泉酒造の銘柄「瑞泉」は、この瑞泉門・龍樋に由来します。崎山は王国時代に泡盛造りを許された首里三箇のひとつ。王宮の水の名が、いまは泡盛の名として生きている——首里らしい系譜です。

見学のポイント

城下では金城大樋川など、暮らしの水場もめぐれます。王宮の水(龍樋)と暮らしの水(樋川)を対で見ると、首里が「水のまち」だったことが立体的にわかります。

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※本記事は首里城公園の公開資料など公開情報にもとづきまとめたものです(情報確認日:2026年7月26日)。

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